見張りが朝を

日本キリスト改革派岐阜加納教会牧師のブログ

2024-06-01から1ヶ月間の記事一覧

信仰の法則によって

では、人の誇りはどこにあるのか。それは取り除かれました。どんな法則によってか。行いの法則によるのか。そうではない。信仰の法則によってです。(ローマの信徒への手紙3章27節) パウロはここで、人の誇りは取り除かれたと語ります。ここで「誇り」と…

「内なる人」の領域

たとえわたしたちの「外なる人」は衰えていくとしても、わたしたちの「内なる人」は日々新たにされていきます。(コリントの信徒への手紙二4章16節) 「内なる人」の領域は神のみ手の領域であり、そこで神は自由なみこころによって、恵みのみわざをふるわ…

包装

街の片隅の小さな店で小さな贈り物を買い求めた レジに座っていた店員は少女のような若さだった品物を渡すと包みますか と小声で訊いたお願いします と私は言った 彼女はそれを包み始めたが手許がおぼつかないじきに 紐はたるみ包装紙には皺が寄り 何とか包…

まず 屋根の庇を描いてから一滴 一滴窓に雨粒を伝わせるノートとペンだからできること キーを打てば雨粒はいきなり窓にたたきつける

主語は神

主は恵み深く、慈しみはとこしえに主の真実は世々に及ぶ。(詩編100編5節) ここでの主語は主なる神です。主は恵み深い。主のいつくしみは永遠に変わらない。主の真実も永遠に揺らぐことはない。つまり5節は、人間の側の真実、あるいは人間がどのようで…

恵みにより(2)

人は皆、罪を犯して神の栄光を受けられなくなっていますが、ただキリスト・イエスによる贖いの業を通して、神の恵みにより無償で義とされるのです。(ローマの信徒への手紙3章23、24節) 24節の「贖い」とは、本来奴隷が自由の身となるために支払われ…

恵みにより(1)

ところが今や、律法とは関係なく、しかも律法と預言者によって立証されて、神の義が示されました。すなわち、イエス・キリストを信じることにより、信じる者すべてに与えられる神の義です。そこには何の差別もありません。(ローマの信徒への手紙3章21~…

待合室

外界から遮断されているわけではなく、かといって外界と同じ空気が流れているのでもない場所。 事が事務的に運ばれているようで、書類からはみ出る見えない抵抗力を感じる空間。 動物や樹木の名を忍ばせた名字を持つ人々は、固有のしかたで反応するセンサー…

奇跡の問題

奇跡は、おそらくは聖書を読む際のひとつのつまずきであろうと思います。福音書にも主イエスの数々の奇跡が記されています(病める者の癒し、パンの奇跡、湖上を歩かれたこと、死者を命に返されたこと等)。わたしたち現代人は合理主義、科学万能主義の中で…

夜の言葉を聞く

おととい、近隣の教会の牧師たちが集まって、有志の学び会を持ちました。説教のわざについて学ぶ集まりです(コロナウイルス感染下、ずっと中断していましたが、久々に再開しました)。現代社会はさまざまな局面で複雑化している。人間を取り巻く状況も深刻…

世の光

あなたがたは世の光である。(マタイによる福音書5章14節) 主イエスはご自分を信じて生きる人々に、あなたがたは世の光であると仰せになります。しかし知っておくべきことは、それ以前のこととして主イエスご自身が世の光であるということです。「イエス…

地の塩

あなたがたは地の塩である。(マタイによる福音書5章13節) 塩は調味料であり、防腐剤です。言うまでもなく人間の生活、日々の生活に欠かせないもの、貴重なものです。ただ、一方で塩は目立たないもの、見栄えのしないものです。さらに言えば、塩は隠され…

神を愛する

主を愛する人は悪を憎む。主の慈しみに生きる人の魂を主は守り神に逆らう者の手から助け出してくださる。(詩編97編10節) 詩編97編の詩人は終わりの日、終末における神の裁きを見ています。その日神はまったき義のはかりをもって世の不義を裁き、義の…

虚無の問題

なんという空しさなんという空しさ、すべては空しい。太陽の下、人は労苦するがすべての労苦も何になろう。(コヘレトの言葉1章2~3節)何もかも、もの憂い。語り尽くすこともできず目は見飽きることなく耳は聞いても満たされない。かつてあったことは、…

人間の栄光と悲惨

世界が造られたときから、目に見えない神の性質、つまり神の永遠の力と神性は被造物に現れており、これを通して神を知ることができます。従って、彼らには弁解の余地がありません。(ローマの信徒への手紙1章20節) ローマの信徒への手紙1章18節以下は…