見張りが朝を

日本キリスト改革派岐阜加納教会牧師のブログ

摂理

摂理。もともとは「前もって知る」という意味の言葉です。ここでの「知る」とは、ただ知識として知るということにはとどまりません。「配慮する」「思い巡らせる」「愛する」という意味合いをも含む言葉です。親は子を生んだ後にそのまま放っておくことをしないでしょう。食べ物を与え、着るものを与え、病気から守り、生きていくためのさまざまな配慮をします。それは愛のゆえです。

父なる神はご自身の造られた世界を、そこに生きるすべてのものを、ご自身のかたちに似せて造られた人間を、わたしたちのひとりひとりを愛されます。わたしたちの命と人生のいっさいを前もって知っていてくださり、配慮をかたむけ、守り導いていてくださいます。いまわのときまで、ずっと。

この世には、自分の人生が何かよくわからない不気味な力にあやつられているのではないかと不安にかられる人もあれば、運命や宿命やたたりといった考え方にとらわれたり、占いや偶像の神々に頼る人も少なくありません。けれども父なる神の摂理を信じるとき、そうした根拠のない恐れや不安から解き放たれるのです。わたしたちの人生を支配しているのは何か得体の知れない力でも、魔術的な何かでも、悪しき力でもありません。愛する独り子を十字架につけるほどにわたしたちを愛しておられる、父なる神です。この方がわたしたちの人生を、そしてこの世界を最高の、最善の配慮をもって守り導いていてくださるのです。

「問 神の摂理について、あなたは何を理解していますか。
答 全能かつ現実の、神の力です。それによって神は天と地とすべての被造物を、いわばその御手をもって今なお保ちまた支配しておられるので、木の葉も草も、雨もひでりも、豊作の年も不作の年も、食べ物も飲み物も、健康も病も、富も貧困も、すべてが偶然によることなく、父親らしい御手によって、わたしたちにもたらされるのです。
ハイデルベルク信仰問答問27)
問 神の創造と摂理を知ることによって、わたしたちはどのような益を受けますか。
答 わたしたちが逆境においては忍耐強く、順境においては感謝し、将来についてはわたしたちの真実な父なる神をかたく信じ、どんな被造物もこの方の愛からわたしたちを引き離すことはできないと確信できるようになる、ということです。なぜなら、あらゆる被造物はこの方の御手の中にあるので、御心によらないでは動くことも動かされることもできないからです。(同問28)