見張りが朝を

日本キリスト改革派岐阜加納教会牧師のブログ

隠す

ゲルハルト・リヒターの絵画「ビルケナウ」(美術館で実物を観ました)。1944年の夏にアウシュビッツ強制収容所(「ビルケナウ」は「アウシュヴィッツ第二強制収容所」)で、処刑された囚人たちの遺体処理を行ったひとりの囚人が隠し撮りをした貴重な写真(多くの遺体が焼却される様子や、ガス室に送られる直前の囚人たちの様子を撮影したもの)を入手したリヒターは、この写真をキャンバスに描き写し、そのスケッチの上からペインテイングナイフで絵具を幾重にも、重層的に塗り固めていきます。
こうして完成した絵の前に立っただけでは、260センチ×200センチの大きな抽象画にしか見えません。塗り固められた絵具の下に、強制収容所の闇の光景を写し取ったスケッチが隠されていることはわかりません。

パウル・ツェランは両親ともにナチスに連行されて強制収容所に送られ、父はそこで病死し、母は銃殺刑に処せられるという経験をもつ詩人です。この人に「帰郷」という作品があります。故郷の雪原の光景がモチーフとなっていますが、最初の稿には「あなたの目の丘」という詩句があります。「もりあがる曲線の隠喩」「丘陵の大きさにまで拡大された巨大な死者の眼球」(冨岡悦子『パウル・ツェラン石原吉郎』11頁)。葬られることなく放置された、母の遺体の目です。
ところが、決定稿ではこの「目の丘」はなくなります。降りしきる雪によって覆い隠されるのです。「死者の眼球のメタファーであった『丘』をおおう雪は、読者を詩にいざなう銀世界であると同時に、歴史の災禍を隠蔽するベールであった」「記憶の現在化と告発を内に秘めて、雪降りしきる風景の自然抒情詩として読めるところにこの詩の考えぬかれた仕掛けがある」(同書15頁)

画家も、詩人も、隠した。この符合は何を語るのか。興味深いことです。